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2016年4月 6日 (水)

日本は北朝鮮のような国になってしまう恐れを感じます

ポツダム宣言を読んでみました。この宣言は敗戦の直前の1945年の7月26日に発せられました。

第6条我等(連合国)は無責任なる軍国勢力が世界より駆逐せられるに至るまでは平和、安全および正義の新秩序が生じ得ざることを主張するものなるを以て、日本国国民を欺瞞し、之をして世界征服の挙に出づるの過誤を犯さしめたる者の権力および勢力は永久に除去せられざるべからず。

第10条我等(連合国)は日本人を民族として奴隷化せんとし、または国民として滅亡せしめんとするの意図を有するものにあらざるも、我らの俘虜を虐待せる者を含む一切の戦争犯罪人に対しては厳重なる処罰を加えらるべし。日本国政府は日本国国民の間における民主主義的傾向の復活強化に対する一切の障害を除去すべし。言論、宗教および思想の自由ならびに基本的人権の尊重は確立せらるべし。

また、日本が国際社会に復帰した時のサンフランシスコ平和条約も読んでみました。

第11条日本国は、極東国際軍事裁判所並びに日本国内および国外の他の連合国戦争犯罪法廷の裁判を受諾し、且つ、日本国で拘禁されている日本国民にこれらの法廷が課した刑を執行するものとする。
と書かれている。

昨今の日本の動きを見ていると、この宣言と、平和条約を反故にしようと画策している動きがあることに強い危惧を感じます。

何せ先の大戦において、日本国民の310万人が亡くなったというのに、日本人の誇りだとか、日本を取り戻すだとか、国民が主人公であるのにも関わらず、あの忌まわしい戦争を賛美するような、日本を戦前の国家のようにしようとする動きは本当に恐ろしいものを感じます。

ポツダム宣言とかサンフランシスコ平和条約を日本が反故にするようなら、日本は国際社会から見放され、相手にされなくなることくらいはわかりきったことです。わかりきったことなのに、何故こうした動きが一部で公然と行われるのか、無知蒙昧きわまれりです。北朝鮮のようになってしまうでしょう。

2011年9月16日 (金)

反原発のデモで逮捕される

私が購読している朝日新聞には全く記事がなかったですが、ネット情報によると、9月11日に行われた反原発デモで、道幅をはみ出して行進したら逮捕されたということです。
反原発は、経産省が困るだけではなく、国の方針に反する、という理由で警察までが過剰な規制をしようとしていて、これでは行政機構そのものが一体になって反原発を抑えつけるという構図が丸出し・むき出しになって出ています。これじゃぁ、官庁の機構はこういう構図になっている、ということがはっきり証明されてしまったということで、ホントここまでして、一体何を守ろうというのか、笑ってしまいます。
日本の官庁機構は共産主義か社会主義の国のやりかたと全く同じですね。中国は経済は資本主義、政治は共産党独裁ですが、日本はこれと全く同じです。中国のことが笑えない。
ベルリンの壁崩壊で、資本主義が勝った訳ですが、どっこい日本には官僚主義という共産党独裁のような制度がしぶとく残ってしまった。

You Tubeで見ていたら、制服を着ていた警察官はどこか頼りげ無く、あぁこれは命令に従ってやっているだけなんだなぁ、と思いました。例の佐賀県のやらせの説明会で保安院の係員が怯えたような顔をしながら喋っていたのと同じような光景に滑稽さを覚えました。

鉢呂大臣がやめさせられたのも、経産省の意に沿わなかったから、ということのようで、その陰湿さには呆れ返るばかりです。

2011年8月17日 (水)

2010年度GDPの内訳

内閣府のサイトに、GDPの内訳が掲載されています。GDPというのは、国の経済活動の結果を数字で示したもので、民間消費支出+民間設備投資+政府支出+輸出-輸入から成り立っています。

2010年度の名目GDPは、475.8兆円となっています。内訳を見たところ、民間消費支出279兆円、民間設備投資77兆円、政府支出96兆円、輸出-輸入4兆円、計456兆円でした。
内閣府のホームページの表紙に記載の475.8兆円とは少し違いますが、まあまあ大体のところは分かりました。

ここで気になったのは、政府支出が96兆円となっていることです。
財務省のサイトには、平成22年度の一般会計と特別会計を合わせた予算額が掲載されています。重複分を除いた純計では、この金額は215.1兆円となっていて、215.1兆円-96兆円=約119.1兆円の金額の行方が分かりません。

推定ですが、GDP統計の中にない特別会計支出額の119.1兆円は、政府支出項目ではないとしたら、この分は、民間消費支出、民間設備投資、輸出の金額の中に含まれているか、貯蓄としてGDPの集計外部分もある、と推定するしかありません。
いずれにしてもGDP約500兆円の内、政府支出は200兆円と、GDPの40%は政府支出という驚くべき数値になります。いずれにしても、GDPの内のかなりの額が、「政府の補助で国民が食べている」というふうに言えると思います。財務省のサイトでも、GDPのうち政府支出の比率は37.9%となっています。これは先進各国どこも共通のようです。

私は、資本主義は曲りなりながら福祉国家を実現したために共産主義との競争に勝ったと言えると思っていますが、その後は、その勝った筈の資本主義国家が財政危機を迎えている、という何とも皮肉な現象が生まれています。
また、資本主義には競争がありました。それがうまく作用して、日本の民間では、世界に通用する優れた製品が生み出されています。逆に行政というところは競争原理が働かなかったため、非効率、年功序列、終身雇用という形が残ってしまった。しかし役に立たない何とか財団にも一般の人々も雇傭されていて、人々の生活という面では確かに福祉国家的です。

世界中が結局国からの補助金無しでは生活して行けない、という状況になっているように思えます。超高齢化を迎えてますます財政悪化は深刻化します。国の中に福祉がビルトイン(作り付け)されていて、昔経済学で習ったビルトインスタビライザーですが、恐慌を防ぐ手だてとして資本主義国家では大変有効なものでした。そういうものが今は国が潰れるという形を生むのではないか、と心配されます。しかしこれを回避しようとして、いろいろな改革を行おうとしても、多くの人々が国の補助で生活しているので、この状況を変えることは容易ではないと思います。

2010年度の新規国債発行は約38兆円、国債の返済、利子支払87兆円ですから、国債関係だけで125兆円も必要です。税収は40兆円ですから、ホント消費税を10%にしても焼け石に水です。数年前は税収だけで60兆円あったものがリーマンショックなどで20兆円も減少してしまったわけで、今増税しても、消費者は財布の紐を閉めるだけで、経済活動は更に萎縮して、結局税収は上がらないということになります。

ところで、国債の返済、利子支払に当てる87兆円はどこから手当するのでしょうか?一般会計では新規国債は38兆円ということですが、税収は40兆円ですから、これを丸丸国債償還費と利子支払いに当ててもまだ足りないですから、新規国債発行は38兆円どころではなくもっと多いのかも知れません。

マスコミ(特に週刊誌、日刊の夕刊紙)が政治家をいくら汚い言葉で罵っても、マスコミの経営には何ら差し障りがないようです。今は相対的に政治家の力が落ち、逆に行政の力が強くなっているようです。行政そのものが巨大な利権集団になっています。マスコミはこれに強く立ち向かえない。自分たちに実害のない政治家だけをいじめて、口ぎたなく罵ることしかしらないマスコミは堕落したと言われてもしかたがないでしょう。新聞に出ている週刊誌の広告の見出しの何と品がないこと。自民党の時代に政府の借金が蓄積され、また原発も推進された訳で、それを何か全て管総理のせいだ、とわめいているマスコミは本当に無責任です。

民間の金融資産は1,400兆円(対外債権を含んだ数字かと思いますが)資産とも言われていますが、政府の借金は1,000兆円に迫っていますから、新規に政府が借金出来るのはあと僅かです。原発事故の保証も政府が行うようで、国債増発も国会で承認されました。
泊原発3号機も地元の4つの自治体のみの同意で北海道の高橋知事が運転を認めました。地元には莫大な交付金が入るようです。福島原発も収束の目処すらたっていないのに、経産省、保安院も認めてしまうし、もうめちゃくちゃです。天下りやりたい放題だし、こういう目を覆いたくなるようなことを許していても、その報いはかならず来ます。国家の経済的破綻です。

しかし、何故か今は円高です。ホント不思議です。資金が株からより安全と言われている国債に流れているようです。これは一体どういうことなんでしょうか。最後は政府、官僚が面倒をみてくれるから、ということなんでしょうか。
ドルに比べ、円の流通量が少ないから希少価値が生まれる、もっと円を増刷せよ、という論もあるようですが、これはどうなんでしょうか?ドルを増刷しすぎだと思いますが…。

2011年8月24日追記

ドーマーの法則というものがあるそうです。
下記のサイトにあります。
http://kabu.user-infomation.com/keizai_infre/infre_08.htm

このサイトに書いてある記事を下記にコピーさせていただきました。

※ ドーマーの定理と呼ばれている経済学の定義ですが、まるでマジックのようです。
名目GDPとは、物価の上昇などの考慮はせずに、単純にモノやサービスとその金額をかけたものですが、これが国債の利子よりも上昇が大きければ破綻しないのです。
ここで、問題なのが、貿易黒字をいつまで続けられるのかと言うことと、金利をいつまでも0金利のままで抑えられるのかと言うことです。現在は奇跡的に(?)この二つの条件が揃っていますが、今後これがいつまでも保障されるとは限りません。
国債の金利の上昇を食い止めることは、政府・日銀の力で何とかできるかもしれませんが、貿易黒字のほうは、政府の力だけで何とかなると言うわけではありませんので、この点に不安要素が残るわけです。

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東北地方の復興のために、数年間で約20兆円だったかの公共投資をやることになったそうです。1990年代初頭から日本の財政赤字が始まった訳ですが、これの元凶が公共投資だったようです。東北地方の復興は必要ですが、またぞろ公共投資ですか、財政状況はますます混迷の度を深めます。
財務省は日本の財政状況をインターネットで公表し、誰でも見られるようになっていますが、深刻度を理解できるような書き方にはなっていません。ただ増税が必要だと一方的に言っているだけです。財務省の人たちは、日本が破綻の危機にあることは知っていると思うのですが…

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2011年9月1日

NHK総合で、「巨大津波が都市を襲う」という番組がありました。地震の被害は揺れだけでなく、津波の被害も大きいようです。津波の高さは20mにもなるらしいです。
私は、公務員の天下りがやめられないのなら、せめて、地震対策の部署を作って、そこに人員を集中させ、強力に地震対策を行うような仕組みが生まれれば、いくら財政赤字が積み重なろうと、まぁ仕方がないと思っています。
天下りの悪は、何の役にもたたない何とか財団をやたらに作って、仕事は殆どなく、のうのうと給料だけ貰って過ごすという仕組みにあると思っています。こういう仕組みをやめ、本当に仕事をして貰うには、地震対策にもっと天下り人材を振り向けるということが大切だと思いました。そこでは地震の研究をするには専門の知識が必要でだれにでも出来る訳ではないでしょうが、住民を守るためにいろいろ知恵を出す、汗をかいてもらう、ということなら出来ると思います(単なる思いつきで書いているかも知れませんが、ご容赦下さい)。

東海・東南海・南海の3連動地震の津波の高さはこれまでの想定の倍以上にもなるらしいです。三陸地方では防波堤の対策はかなり進んでいたようですが、それでも津波の被害を防ぐことが出来なかったとのことですが、3連動地震の起こる可能性のある太平洋ベルト地域の防波堤は殆ど無いに等しいようです。

2011年8月 3日 (水)

公務員は、70歳までの生活設計を織り込み済みとか…

本日の朝日新聞に、環境省の中に、「原発規制庁」構想の記事が載っていた。
思うに、霞が関では、普通は省益しか求めないのであろうが、官庁全体の問題であれば、それこそ一体になって、攻めこんでくるであろうことは想像にかたくない。人事院の給与勧告でも1.5%の引き下げなどというどうでもいい数字しか出ないのだから、もうどうにもならない。
結局、公務員は、70歳までの生活設計を織り込み済みの元に仕事をしているから、自分が天下る先のことしか考えないようになって、Public Serviceが疎かになるのは、これは誰が考えても明らかである(古賀さんの言い方ですが、官庁にあるこの仕組を”互助会”というんだそうです)。
省庁をあれこれ作ってみても、結局公務員のポストを増やすだけで、問題解決にはならない。
先日のたけしのテレビタックルを見ていたら、大臣が官僚にうまく丸め込まれてしまうこと、官僚のサボタージュのこと、諮問委員会などを作っても結局その省庁に都合のよい答申が出るような仕組みになっていること、次官会議が廃止されても、別の非公式の会議が存在すること、などなど、官僚がやりたい放題で、本当に呆れます。
「庶務」係というものが会議の背後にいて、その人達に結局リードされてしまうそうです。

原発の問題から、いろんな問題(官民癒着、やらせメール、等々)が、白日の元に晒されるようになった。原発問題がなかったら、これほど騒がれなかったと思う。
優秀な官僚たちが、いろんな工作にしか自分の能力を発揮出来ない仕組みを何とか直さなければいけないと思う。
私は、何があっても、天下り根絶は絶対必要だと思う。諸悪の根源は天下りである。

2011年8月4日追記
古賀茂明さんの「官僚の責任」という本を読みました。この方は本当に立派な方だと思います。省の中に埋没することなく、柔軟な発想を入省以来持ち続けてこられています。
この本の139ページに次のくだりがあります。
”公務員という職業は、一度なってしまえば基本的に毎年、給与が上がり、昇格もするようになっている。……かりに昇進しなくても、あるいは五十歳を過ぎても……一度上がったものは下がることはない”
更に151ページには、
”組織に長くしがみついていればいるほど得をする。……そこでまずは、一般職職員給与を五十歳以降は逓減する体系に変える。……要は、長く役所にいるほうが損をする環境に変える”
また、132ページからのくだり
”「国のため」ではなく「省のため」とはどういうことか。……(目に見える成果というのはなかなかないので)……役所の利益権限をどれだけ拡大したかということになってしまう……法律を作り、予算を取り、関連団体を作る(天下り先)、という3点セットを自動的に考えるようように思考回路が形成されている”

何も役に立たないなんとか財団とかがやたらにあるのは、こうしたことが原因のようです。
虚しさを覚えますね。大震災と原発事故で発生した巨額の復興資金・補償費のために国債を発行することになるのでしょうが、それによって、1,000兆円もの巨額の赤字が更に増大、増税も出来ないでしょうから、一度国が債務不履行(デフォルト)になって、国民がそれで初めて気づくという状況にならないと、どうにもならないのかも知れません。

政府は増税策を打ち出していますが、まず「隗より始めよ」のことわざ通り、赤字の元凶たる国の職員の給与の大幅カットをまずやって、その後に増税なら分かります。
民主党の中にいる官公労出身の議員、電力会社労組出身の議員のインタビューが新聞に載っていましたが、彼らも原発事故の責任があると思うのに、反省の言葉すらない、呆れた体質があります。民主党はこういう議員とは縁を切るべきだと思う。

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兵庫県医師連盟が、2003年に国家予算(一般会計+特別会計)を詳細に調べた結果、”歳出合計の7%にあたる15兆3千万円は官僚の天下り先の特殊法人、独立行政法人、公益団体に補助金として流出している”ということだそうです。何たることか、憤死しそうです。

2011年7月26日 (火)

「競争」がなくなるとどうなるか…

日本の電力会社の地域独占体制が決まったのは、1951年のことであった。

ダイヤモンドオンラインからの転載です。
1951年(昭和26年) 5月1日 国家管理時代の9配電会社をベースに、民間電力9社による発電・送電・配電の地域一貫独占体制となる。

この体制を法律文書にしたのが、「電気事業法」(昭和三十九年1964年七月十一日法律第百七十号)であると思う。

2000年頃、当時の通産省が、電力の自由化をやろうという動きがあった。
ダイヤモンドオンラインからの転載です。
総合規制改革会議は、発送電分離、配電の完全自由化を求めた。ところが、2002年3月、経済産業省は電力業界の猛反対を受けて、このプランを放棄してしまった。非常に悔やまれる。経産省自身が推していた自由化案だったのだが、東電に反発されるとあっさり引っ込めてしまった。当時、経産省は自由化の旗振り役だったが、けっきょく電力会社との馴れ合い構造の中に沈没してしまった。

鉄道(JR)も、通信(NTT)も地域独占であるが、鉄道は、道路との競争があり、通信も、最近の携帯電話の普及で、NTTの優位は崩れている。また固定電話もKDDIとかSoftBankがNTT回線を利用して、マイラインとかお得ラインというサービスを提供している。電話回線が自由化された?という結果でしょうか?

民間企業では電力だけがほぼ完全な「独占」である。「独占」というものは、価格の高止まりだけではなく、今回の原発事故で分かるように、発注先が多岐に渡るため、強大な支配力を発揮出来る、ということから、いろんな弊害が噴出します。「独占禁止法」に抵触しないのか?

行政も巨大な独占企業ですネ。選挙で選ばれた訳でもないのに、自分たちで国を動かしていると錯覚している、何という傲慢か。

「傲れるもの久しからず」です。

中国で起こった新幹線追突事故では、事故車両を土中に埋めてしまった。傍観者である私から見たら「笑ってしまう」ような滑稽なことですが、中国当局は笑いぐさどころではなく、隠すのに必死だったのでしょう。日本の「やらせメール」と似ていて、中国で起こっていることも、独占の弊害が出ている、ということだと思います。



2011年7月14日 (木)

電力会社の地域独占の問題 SoftBankの孫社長の挑戦

本日の朝のテレビ朝日の番組を見ていたら、経産省の古賀氏と、玉川徹氏が出演されていて、電力会社の地域独占の弊害と、これを打破することによって得られる効果を分かりやすく解説されておられました。
日本電電公社の民営化によって、電話機の機能が著しく向上したこと、携帯電話業界にSoftBankが参入して、大競争の結果、使いやすくなったこと、料金が下がったこと、インターネットプロバイダーにYahooが殴りこみをかけ、高止まりしていたプロバイダー料金が大幅に下がったこと、大和運輸の小倉社長がが厳しい規制に対して粘り強く戦って、宅急便という優れた輸送システムをつくりあげたこと、JRが民営化され、電車の高性能化、サービスの向上があったこと、などなど、競争によって、優れたサービスが受けられるようになる、というのは過去のこれらの経験によって明らかになっています。

電力の独占体制というのは、電力の安定供給という点からそのようになったと思いますが、巨大化したため、発注先も多岐にわたり、金額も大きくなっていることから、誰も電力会社に物申せなくなっているのが実態のようです。
独占の弊害は価格の高止まりだけではなく、原子力という危険極まりない技術を過信して、容認してしまうという結果にもなっています。
日本では独占を監視する官庁は「公取委」でしょうが、最近新聞に出ていましたが、梅のカルテルを摘発したとか、何か弱い物いじめをしているだけの組織のように見えます。

またメディアも菅総理が原発に対して、まともなことを言っているにも関わらず、単に「指導力がないから辞めろ」とか、やめさせる理由がはっきりせず、単にムードだけ、やめろやめろ、が先行しています。メディアもだらしがないです。

SoftBankの孫社長は過去、価格破壊を起してこられました。我々はおおいにその恩恵に浴しています。その孫社長が自然エネルギーを引っさげて、既存の独占電力会社に挑んでいます。大変素晴らしいことだと思います。

2011年7月11日 (月)

硬直化・マニュアル化した行政 猿芝居のような住民説明会

玄海原発再稼働に関する住民説明会があり、説明者は何と保安院、質問者は住民は代表のみ7人といった、誰がみても変な、猿芝居であることがすぐに分かるようなことが行われました。住民の意見を聞いて判断材料にする、という本来のありかたではなくて、形だけ整えばよい、という形式主義が随所で見られ、これでは自分の仕事を完全に放棄しているようなものです。
その番組に対する再開賛成のメールを送るようにとの九州電力からの指示メールも発覚してしまい、行政と独占企業の癒着がパターン化・マニュアル化していて、普段からいつもやっていることだと思われます。
こうしたことが、原発事故で福島が壊滅的な打撃を受けた危機的な状況下においてすら、堂々と行われ、行政と独占企業への不信感が増す一方です。
国民が提示を求めた資料も、行政側に不利な数字等は黒く塗られているそうで、Piblic Serviceが主務である筈の行政が、一部独占企業の利益を養護するなどの行為は許される筈はありません。
また行政側には監督責任があると思うのですが、誰も責任を取りません。大臣の命令でも、どうせすぐ変わるのだから、ハイ分かりました、とでも言ってやり過ごしているようです。行政は選挙で選ばれた訳でもないのに、自分たちが国を動かしていると、錯覚しています。慢心このうえないです。

行政主催の会議に一度出席したことがありますが、行政側の説明者は一人であって、その方が会議中一人で喋っていました。なので、一人でくればいいのに、5人位横の机に座ってなにやらやっていました。この人達は一体何をやっている人だろうと思いました。

日本は、優れた商品を開発して、輸出する力はこれはもう誰が見ても一流で、電気製品等は日本からの供給が止まったら世界が困るほどだと思います。財政危機に陥っているギリシャはこれと言った輸出品がなく、殆ど観光のみで食べている国で、公務員の数の多さ、給与の高さが浮き彫りになって、これは救済しても一時的な効果しかないだろうと言われています。

行政も、警察・消防…他にも優れた部署はあると思いますが、大半の官庁は制度疲労を起こしています。国は大赤字、民間は大黒字、これが現状を端的に物語っています(日本の治安が他国に比べよいのは警察が優れているから…と思って書いたのですが、今回の美容整形病院への情報漏れについては、その病院が過去から警察の天下り先になっていたようで、本当に天下りというのは、癒着を生む温床であって、何としてもこれを断ち切らないと、日本の未来は無いと思う2011.7.23記)

行政は社会主義のようで、経産省の古賀氏は官庁の職員は職業というより身分と言っておられます。身分が保証されているので、高年齢になってポストがなくなっても、どこかのポストに付けなくてはならないので、必死に天下り先を確保しようとする。経産省が危険と分かっている原発に賛成なのは、こうした天下り先が確保出来なくなるからで、「国民のため」などとは考えていない、と言っておられます。

明治維新で、武士が身分保障を失い、大量の失業者を産んで、それが元で各地で武士の反乱がありました。巨大な組織の既得権を奪うことが如何に難しいことであるかがわかります。

現在の公務員の身分保障を変えるか、ある年齢以上になったら、給与を半減にするとか、本当になんとかしないと国が滅びます。

2011年6月26日 (日)

古賀茂明さんの「日本中枢の崩壊」という本

経済産業省大臣官房付の古賀茂明さんの、「日本中枢の崩壊」という本を読みました。
この本の146ページに、「年金を消した社保庁長官はいま」という見出しがあり、そのあたりに今の霞が関の問題点が凝縮して書かれています。
まず、縦割り組織であること。一度入省すれば、生涯所属は変わらない。国民のためというより、省益確保が目的となってしまう。
年功序列制と身分保障。職業というより、身分。この弊害は、官庁では先輩の意見は絶対不可侵という不文律が出来てしまっている。一度決まった公共事業はその役割がなくなっても存続するのはこうした不文律が原因。また身分が保証されているので、不要な法人を沢山作って天下りが絶えない。
古賀さんは、こうした現状を憂い、改革を実行しようとして、閑職に追いやられたそうで、霞が関の村八分と言えるでしょう。

本日のニュースで、保安院が定期点検で停止中の原発の再稼働の要請に全国を回っているようですが、何のチェック機能も働かなかった保安院がのこのこ出て行くなどと、本当に恥ずかしくないのか、霞が関の今の体制ではそうなってしまうのでしょう。

水俣病で、官僚が、国と患者の板挟みになって、結局自殺したという記事が朝日新聞に載っていましたが、良心的な官僚は、辞めていくか、さもなければ、死を選ぶか、しか道がないようです。

官庁だけは社会主義みたいで、身分保障という既得権を崩すのは並大抵では出来ないだろうなぁ、と思いました。増税の動きがありますが、霞が関の改革なくして、増税などとはとんでもない話だと思いました。

2011年5月17日 (火)

原発立地地域の知事たちの話から感じたこと

原発立地場所の知事達が、浜岡原発を止めた理由が分からないとか、政府がきちんと説明してくれ、などともって回った言い方をしているのが気になります。
想像ですが、莫大な交付金が今後もきちんと入ってくるのか、明らかにして欲しいと言っているのだと思います。そうしたお金が入ることを前提に予算に組んでいるので、そうしたお金がきちんと入らないと、財政上やりくり出来なくなるのは困るということだと思います。

原子力に関する国の支出は、一般会計ではなく、特別会計に予算が組まれているそうで、そうした予算の配分について、原子力に有利に組まれていることは容易に推定できます。

原子力とは危険極まりないものだと分かってもなお、原子力発電を止めようとすると電力供給に不安がある、電力を使う企業が困る、停電はいやだ、という意見が必ず出てきます。これは結局日本国全体が、原子力産業にお金が落ちる仕組みにどっぷり浸かって、そこから抜け出す道が見つからない、ということではないでしょうか。

1960年代あたりから、原子力は将来のエネルギーだともてはやされ、国を挙げて推進してきた訳ですが、発電コストが結局高くつく、ということが分かっても、特に保安院とか、許認可する行政のチェックが全く働きません。一度推進と決めたものは、どうあっても方向転換出来ない、というのは、原子力だけでなく、天下り、不要なダムの推進や、干潟の埋立など行政側のどうしようもないシステムにあるのではないか、日本は官僚支配の国から永遠に脱却出来ないのではないか、と暗澹たる気持ちになります。

私企業は、グローバル競争下にあるので、終身雇用などとっくの昔に無くなって、経済原理が働いていますが、お役所のシステムの根本がどこか間違っているのではないでしょうか?

自民党の河野太郎氏が原子力発電のコストを、経済産業省に出して欲しいと言ったら、肝心のところが黒塗りだった、という笑うに笑えないブラックユーモアのような話を聞きました。今回の原子力事故では東電の清水社長が各地で謝っている写真が目につきますが、保安院は謝罪の言葉すらない。どうして官僚というのはこうも腐った存在に成り下がったのでしょうか(-"-)

2011年5月27日追記

5月25日付けの朝日新聞朝刊に、原子力村は伏魔殿 神話の陰に 福島原発40年 と題して、シリーズの第1回目の記事が載っていました。小森敦司氏の署名入りでした。

この記事を読みますと、東電の社長ですら、原子力村には手出しできない、ようです。それほど巨大な産業になっていることを実感させられました。

この記事の中で、経産省の一部の官僚が「日本では電力コストが高いので、国際競争に負ける、という危機感を持ち」、送電部門を切り離す動きを見せたが、それに業界が危機感を持ち、「電力族」と呼ばれた議員、甘利明、加納時男らとともにこの動きを封じ込んだ。また、この時、エネルギー基本計画に、「原子力を基幹電源と位置づけ」「発電から送配電まで一貫」という文言が盛り込まれた、とあります。

官僚が腐りきっているなどと上の方で書きましたが、中には立派な方もおられることを知りました。村田成二氏という方だそうです。

族議員という、どこかに利益を誘導するような政治家は自民党の中には沢山いた訳で、その中でも最も危険な原子力の片棒を担いだ政治家は今も性懲りも無く、原発推進を唱えているというのは本当に呆れ返りますが、こうした議員を選んだ国民にも責任はあると言えるのではないでしょうか。

2011年5月 7日 (土)

菅総理 浜岡原発 稼働停止を要請

私はこれは画期的な判断だと評価します。福島原発の事故がなかったらとても言いだせないことだと思いますが、利益誘導形の政治家でしたらとても言えなかったことでしょう。
他の原発はどうするのか、日本の企業活動に影響が出るとか、雇傭が守れるのか、という批判もあるでしょう。
しかし、我々は今まであまりに便利な生活に慣れてしまって、我慢すべきことにもいちいちブーブー言って政府やら人のせいにするような風潮にあったのではないでしょうか。資源は限りあるし、また近隣国家も力を付けてきていて、所得の平準化が起こっていて、日本人だけ豊かな生活を維持することは難しくなっているのはこれは仕方のないことだと思っています。
勿論原発の立地を決めるのは最後は国民です。我々国民がこれからの日本がどうあるべきか、改めて問われていると思います。

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