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2011年4月

2011年4月12日 (火)

護送船団方式、政官民癒着の終焉?

私は昭和40年(1965年)に社会人になりました。日本経済の復興から成長期に丁度あたり、政官民あげて総力で取り組んだ時代でした。また当時は資本主義と共産主義の競争の時代でもありました。
ベルリンの壁崩壊で、資本主義が決定的に勝利しました。
今、中・後進国も力を付けてきて、本格的な国際競争の時代に突入して久しい訳です。輸出企業は激しい競争に巻き込まれ、工場は否応なく海外に進出せざるを得ません。国内の空洞化がじわじわと進み、税収も上がらず、国は予算の半分が借金という異常な状況です。
しかし、高度成長期に護送船団方式が機能したこともあり、また官は利益という指標がなく、また65歳定年という自ら決めたものを破ることが出来ず、余剰の職員を吸収するため、何の役にも立たない何とか財団を大量に作ってしまったり、民間の団体に補助金を出すかわりに天下りを受け入れさせてきたという経緯があります。
高度成長時代に政官民癒着関係が出来てしまって(戦前もあったのか?)、官のトップが民間に天下るということで、本来民間をチェックすべき立場の官が機能しなくなって、その最悪の結果が今回の福島第1原発事故であったのではないか、と思います。
チェック機関として、保安院とは名ばかりだし、官の給与水準を決めるお目付け役だった人事院勧告など形ばかりのものです。
2chの原発討論を見ていたら、なかなか鋭い指摘が多く、本当に勉強になりました。日本人の中(だけかどうか?)にある「集団主義」「周りとうまくやっていく」「和」、「なれあい」など組織の中で生きていく知恵のようなものが必要で、それに外れる行動をとると「村八分」に会う、だから原発の開発時にもっと安全面に配慮したほうがいいと思ってもそれを言い出せない雰囲気があった、というようなことを元開発者の方が発言されています。
人間は雇傭された組織の中にいると、その組織の利益しか考えません。私もそうでした。ですから、チェック機関が必要なのですが、その機関が癒着したらどうなるか、の帰結を極端に表現したのが今回の事故だったと思います。
じゃぁ、これからどうすればいいのか、ということですが、官は民間への天下りをどのような形でも禁止にすればいいのでは、と言うと、「職業の自由を奪うから駄目」という意見が必ず出てきます。
政治が自民党と社会党がうまく働き、経済成長と賃上げが同時進行した55年体制がまだ残っているのかもしれないです。
政治が馴れ合いを生んだとしたら、結局それを選んだ国民が悪かったということにもなると言えますが、今回の地方選挙の結果、自民党が圧勝した、というのは、国民はまたまた馴れ合い政治を望んでいるのでしょうか。

2011年4月11日 (月)

日本unicefが公益財団法人になった

unicef newsという広報誌が送られてきて、4月1日から日本ユニセフ協会は「公益財団法人」となったと、表紙に書いてありました。
これを見て、私はunicefも官僚の天下りを受け入れたのか、と早合点して、定期的な寄付(額は少額ですが)をやめようと思って、電話をかけてしまいました。
しかしこれは私の誤解で、unicefの職員の給料は国から出るということではなく、すべて寄付から賄われていて、また、官僚の天下りは無いということが分かり、定期的な寄付は続行することにしました。
「公益財団法人」などどいう言葉だけからは、いかにも天下りを受け入れる団体かと誤解される気がしますね。もっとふさわしい名前はないものでしょうか。

2011年4月 9日 (土)

春の野草観察ツァー参加

アカネスミレ1


アカネスミレ2


アオイスミレ1


アオイスミレ2


エイザンスミレ


ケシ科ジロボウエンゴサク


キバナノアマナ


キクザキイチゲ


コスミレ
(花はタチツボスミレと見分けがつきませんが、コスミレは葉が全て地面から出てくるのに対し、タチツボスミレは、一本の茎が地上に出て、そこから葉が枝分かれして出てくる、という大きな違いがあるそうです)


コミヤマカタバミ


ミヤマキケマン


ニリンソウ


センボンヤリ


セントウソウ


タカオスミレ


トウゴクサバノオ


ヤマエンゴサク


ユリワサビ

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